2007年12月 8日 (土)

井上佐藤「エンドルフィンマシーン」

エンドルフィンマシーン (バンブー・コミックス 麗人セレクション) エンドルフィンマシーン (バンブー・コミックス 麗人セレクション)
井上佐藤

竹書房  2007-10
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 ある整体院の院長・五樹は怪しいと評判だ。施術室からは患者の怪しい声がしてくるし、ウェーブした髪、潤んだ瞳、整った顔立ち、ブランドに身を固めた出で立ちと、とても整体師とは思えないのだ。戸川は本部からその噂が本当か確かめるため派遣されてきた。しかし怪しい声がするのは五樹の技術が確かなためで、遊んでいる様子もない。そして恋愛に対してはむしろ距離を置いてきたことが分かる。五樹は女性に道具のように体を求められるだけで、何度も捨てられてきたのだ。戸川は五樹の誠実な態度と傷ついた心を知り、急速に惹かれていく。そしておそるおそる結ばれた二人は、麻薬のようなセックスにはまっていく。「麗人」でデビューした新人の初単行本。

P32  いっやー、エロい! エロすぎます。なんたって筋肉描写や体位がリアルです。絵の勉強をきちんとしているか、男性をよく観察していることが分かります。なによりエロいのがその表情です。大人の男の多くは、社会の中で自分の本心や欲望を押し殺してしまうものです。ですが本当にせっぱ詰まったときには、つい隠したものが見えてしまいます。それは特に視線に雄弁に現れます。井上佐藤はその危うい瞬間を見事に描き出します。これまた男性をよく観察していることが分かるのですね。必死に体面を保とうとしているのに、崩れてしまう男のエロスたるや! これに加えて眼鏡や白衣などの萌え強化アイテムが加わります。眼鏡越しのエロ視線です。なんの罠ですか、これ?
 物語の面でも非常に微妙で危ういところを描き出します。登場する男たちはみんな男を愛してしまったことにとまどいと迷いを感じます。そのため次の一歩を踏み出すことをためらいます。男という属性をまとわなくてはならないために、素直になることができないんですね。あるいは男たちは自分の思いを素直に示すことができないでいます。本当は愛しているのに、甘い関係になりたいのに、傷つけてしまったりいじめてしまったりします。これまた男の素直じゃなさ、素直になれないことを示します。このもどかしさが強烈な萌えを構成するんですよ! そしてこのもどかしさは、男性にとっても実に身に覚えのある、生々しいものだったりします。ここからも男性をよーく観察していることが分かるのですね。そして男性にとっても共感できる内容になっていると思います。

 面白いのは、コンドームをつけたセーファーセックスが描かれるんですね。これはかなり珍しいんじゃないでしょうか。しかも行きずりのセックスの時だけセーファーです。これは生々しいリアリティを持っていますね。それにあとがきでは、作者が新宿二丁目でマンガを描くことを勧められたことが描かれています。この人男性なんじゃないでしょうか? もしそうだとしたら、かなり興味深いことですね。確かに男性向けと女性向けの境界は、最近急速に低くなっていますが、男性でいわゆるBLを描く人は、ほとんど例がありませんから。女性の心をキュンキュンさせるBLを描ける男性が現れたのであれば、越境は本格的に進行してきたと言えるでしょう。またもし女性だったとしても、ここまで男性の心理や肉体をきちんと描写した例はあまりありません。
 いずれにしても注目すべき作家でしょうし、読者を引き込むマンガの実力もたいしたものです。この作家に注目せずして何を、と感じさせる作家ですね。次の単行本を早く! 早く!

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オレのやおいさんに手を出すな! さん
ネクラで眼鏡でキモオタな優等生は“受け”るとイイよ! さん
BL偏食日記さん

竹書房
2007年11月27日発行
2007年11月1日購入

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2007年5月 7日 (月)

高口里純「美しい美しい美しい」

美しい美しい美しい美しい美しい美しい
高口 里純

太田出版 2007-04-18
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 高校生の晃は、女の子とのつきあいにむなしさを感じている。他愛もないおしゃべり、気持ちのこもらないセックスに、価値を見いだせないのだ。彼女と別れた晃の前に、眼鏡の男が現れる。彼の爪は別れた彼女にそっくりだった。彼、秋生は彼女の兄であり、彼女からの手紙を言付かってきたのだ。晃は秋生の爪の美しさに、眼鏡の向こうにある瞳の美しさに惹かれていく。翌日晃は秋生を待ち伏せ、唇を奪ってしまう。秋生を美しいという晃に対し、秋生は「汚いものなら知ってる 僕さ」と答える。「マンガ・エロティクス・エフ」に連載された作品をまとめたもの。掲載誌が「エロティクス・エフ」なので、正確にはボーイズラブとは言えないかもしれませんが、明らかに関連性を持っているので取りあげてみます。

 おおおー、高口組長頑張ってます!
 まだおたく世界に「ボーイズラブ」という言葉がなかった頃、男どうしの物語の結末は、アンハッピーエンドになることが多かったといいます。社会の状況が同性愛を許さなかったから、ということもあるでしょう。ですがアンハッピーエンドになる最大の理由は、「その方が美しいから」でした。悲しい終わり方をした方が、美少年の美しさが際立つのです。当時想定されていた登場人物は、稲垣足穂いうところの「絶対少年」であり、非常に不安定な美しさを持っているものとされました。10代のうちの何年間かだけ持つことができる美しさを持っているのであって、その美しさはすぐに失われてしまうのです。そういうはかない美しさを持つ美少年たちの恋愛は、永続するはずもありません。永続するとしたら、それは時間の止まった死後の世界しかあり得ないわけです。あるいは永遠そのものを描く場合もありますね。「ポーの一族」なんていい例です。ただそれは現実にはありえない話ですし、「ポーの一族」自体悲劇性を帯びた作品です。
 ところが「ボーイズラブ」という概念の登場は、そうした耽美的な考えを一変させます。男の子どうしが幸せになってもいいじゃない、むしろ幸せになった方が読んでいて楽しいじゃない、という転換こそが、「ボーイズラブ」のキモだったんですね。「やおい」「耽美」「JUNE」という言葉が持つ、そこはかとない怪しさや暗さを180度ひっくり返すことによって、ボーイズラブは成立したのです。ボーイズラブはJUNEより間口が広いので、現在のような発展を遂げることになり、そして結末はハッピーエンドばかりになります。西田東のようなメンズラブ作品においてはアンハッピーエンドも見られますが、ことボーイズなラブにおいては、アンハッピーエンドは禁じ手とさえいえる状況なのです。

 そんな状況で、高口組長が描き出すのは悲しい愛です。まず秋生も晃も「美しい」少年として描かれています。それに晃が一貫して求めるのは「美しさ」です。現世に美しさを見いだせない晃にとって、秋生は待ち望まれていた「美しさ」だったのです。一方で秋生は、美しい姿を持ちながらも、自分を汚れた存在、罪を抱えた存在と認識しています。自分の欲望はゆがんでいる、だから僕は汚れているんだと考えています。二人の関係は一瞬近づき、燃え上がりますが、こうした二人の関係が長続きするはずもありません。ですがだからこそ、秋生と晃の美しさは強く印象に残ります。アンハッピーエンドは、美しさを強化するツールになっているのですね。

 いまのボーイズラブ中心の状況に対して一石を投じ、かつてのJUNE作品が持っていた迫力、批判力を現代によみがえらそうとしているように思えますね。「若い者には負けん!」という、高口組長の心意気が感じられるではないですか。JUNE作品が持っていた批判力が現在においてどんな意味があるのか、ということについては考えてみなければならない点ですが、現在の社会の不完全さは如実に示しており、意味がなくなっているわけではないでしょう。気合の入った作品です。

太田出版
2007年5月7日発行
2007年4月28日購入

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