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巌窟王15

キタ…。
キタ…。
キタキタキタ…。

キタキタキタキタキタ。

キタキタキタキタキタキター!
キター!

 とうとうやっちまいましたよ、アルベール!素直なお坊ちゃんだと思っていましたが、ここまで素直に自分の思いを伝えてしまうとは。そもそも「おそろいのガウン」というところで「ああ、こりゃ一線超えるわ。」と思っていたのですが、ホントにやっちまうとは。テレビを見ながら鼻血を吹きそうに(林家志弦風に)なっちまいましたよ。加えて伯爵とアルベールの別れのシーンたるや! 演出といい画面構成の美麗さといい、なにより人物描写の雄弁さといい、この数年間の作品で他に例がないほどの盛り上がりだったのではないでしょうか。なんだか凄い瞬間に立ち会った気分です。

 そしてオハナシも中核に。アルベールに別れを告げ、復讐の鬼と化す伯爵。次の毒牙はモルセール家へと向かうのでしょう。なんというドライブ感! 今までは正座で見ていましたが、今後はなんだか自主的に全裸待機したくなってしまいます。それだけこの作品は、真剣に「切り結ぶ」ことを要求しているのだと思います。

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ヤングアダルト

 今日はあさのあつこ「時空ハンターYUKI」1巻を買ってきましたよ。「バッテリー」で一躍知られるようになった作家ですが、それとはあまり関係無しに買ってきました。なぜなら、絵を描いているのが入江あきなんですね。「ぱふ」や「コミックビーム」で、実に流麗な絵柄と、ヒネリの効いたオハナシで、「これは凄い」と唸らせられてしまった作家です。その人が絵を描いていて、加えてあさのあつこですから。こりゃ買わずにはいられませんです。

 ところで、ライトノベルがブームであるために、小説の力が高まっているのは如実に感じていましたが、いまは「児童向け」とカテゴライズされてきたヤングアダルト向け小説も、非常に力をつけてきているのですね。「岩波少年文庫」や「青い鳥文庫」、そして「カラフル文庫」が。そして見た目も随分変わってきています。それまで学校向け、あるいは「健全な」読書者に向けて、比較的おとなしいイラストレーターが絵をつけていたものですが、最近はラノベに習ってか、かなりオタが喜びそうなイラストレーターを使うようになってきています。入江あきをはじめとして、OKAMA、岩崎つばさ、西島大介などなど。しかも低年齢層向けであるために、かなりふんだんに絵を描いています。ファンにとってはかなり美味しいのですね。

 今までこうしたジャンルは、オタ的にあまり注目されてきませんでしたが、これからはかなり「クル」んじゃないかなー、と思います。

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急増!ネット依存の恐怖

 日テレでやってましたね。オンラインゲームにはまるあまり、外部との接触を持たなくなり、引きこもっている成年のドキュメンタリーを。取りあげられていたのは案の定「ラグナロク・オンライン」。「ネットで繋がりを持っているからいいんだ」と訴える人を示して、「本当にそれでいいのだろうか」と問題提起するという内容でしたね。「ゲーム脳」もちゃんと取りあげられてましたし。

 見ていて感じたのは「やっぱりこういう人を取りあげるのか」ということでした。出てくる人が、とにかくいかにもなデブオタ、キモオタ(こういう言い方は差別的でヤなんですが)の人なんですね。とにかく一日中家にいるものですから、太ってしまって、身なりにも気を遣わなくなっていて…という。新しく生じてくる、上の世代の人には理解できないことを、「社会問題」にすりかえるという、脳無しな方法が使われていて、もうすっかりげんなりしてしまいました。あと間違いなくスタッフが念頭に置いているであろう、例の「フィギュア萌え族」との関連性についてもげんなりでした。

 ただ、やはり考えさせられるところは大でしたね。このドキュメンタリーに出ている人は、現実社会においては、社会にかかわらず、生産活動にも関わっていませんが、オンラインゲームの世界においては、ちゃんと社会性を持っていますし、生産にも携わっています。オンラインゲームの世界においては、狩りをしてアイテムとお金を得ることが生産ですから。なんといってもこの人の世界は「閉じて」いません。オンラインゲームの世界に限定されてはいるでしょうが、人とのコミュニケーションが存在し、そこに彼の「居場所」があるのです。現在の社会における精神的な危機の最たるものが、自分の「居場所」の欠如だと思うのですが、この人の場合はそこまでヤバい状態にはなってはいません。コミュニケーション的にはむしろ健康である、という印象さえ持ちました。ただ問題なのは、実際の社会生活においては、彼はまったくの「無能の人」であることなのでして。
 現実の社会における生産活動と折り合いをつけて行くには、どうしたらよいのだろうか、と身につまされてしまいました。私も半ば折り合いをつけられていない状況にあるものですから。収入少ないですしね…。

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レトロゲームについて

xxmissio やらなきゃならないことはものすごくいっぱいあり、目の前にシメキリを抱えているのですが、こんな時はついつい逃避してしまうもの。ちょっと息抜きに、と思って始めたレトロゲームを何時間もプレイしてしまいました。そのゲームの名は「XX Mission」。今はなきUPLの縦スクロールシューティング(86年)です。こいつがまぁ心憎いくらい良くできていて、現在の水準から見ても美麗なグラフィック、反射神経を問う敵の攻撃、変化に富んだ面構成と、何度もコンティニューしたくなる魅力にあふれているのですね。おかげで仕事がベタ遅れ。己の意志の弱さが憎い!

 ただ、自分の怠惰さは別として、やっぱりアーケードゲームというのは豊穣な畑なのだな、と感じています。そもそもゲームが面白いんですね。PS2などで遊べる最近流行のゲームは、ハードもやる時間もないのでよく分からないのですが、80年代から90年代にかけてのアーケードゲームは、独特のおもしろさがあったように思います。Z80を使った8ビットゲームは、今の水準から見ればしょぼいことこの上ないのですが、抽象化されたゲームのおもしろさを多分に含んでいたと思います。また68000を使った16ビットゲームになると、システムは複雑化しますが、より奥深いゲームが成立します。リアリティやストーリー、世界観を表せるようになってきたのですね。その結果として一つの芸術作品として評価できるようなゲーム作品も現れてきます。タイトーの「メタルブラック」とか、ジャレコの「ファンタズム」とか。
 それから、アーケードゲームは、日本独自のキャラクター文化の源泉の一つとなっていることも重要です。おたくたちが受け入れてきた美少女たちの、重要な供給源のひとつとなっていたのですから。
 このほかに、ゲーム好きの人たちがコミュニティを作っていたこと、ゲームミュージックの影響力、コンシューマーとの関係、漫画やアニメとの関係(井上淳也など、ゲームクリエーターから他のジャンルのクリエーターになった人など)と、興味深い点は尽きません。

 こいつはいつか片づけなくちゃならない相手だよな、と思っています。

 そういや最初に激しく萌えたアーケードゲームの女の子は誰だったかな…。「フェリオス」のアルテミスや「ゼクセクス」のお姫様は、あんまりにもあざとくて、見てられませんでしたし(エロかったけど)。強いてあげるなら、「レイメイズ」(タイトー、1988年)の主人公、緑川里香でしょうか。とらわれた弟を救うために死のレースに参加する少女なんですが、ゲームのできも相まってかなり萌えたキャラでしたね。…今となってみると、間違いなくショタであろうとらわれの弟に萌えるんでしょうが。

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巌窟王14

 最近の展開はもう「めくるめく」という表現がふさわしいですね。登場人物が多いために、どうしても密度が高くなってしまい、カット割りも多くなってしまいます。そのため駆け足になりすぎの感がありますが、それが一方で独特のグルーヴ感を出しています。

 そうである一方で、萌えどころはちゃーんと用意してあるのがさすがです。そこでシルエットだけの表現ですか! 健全なじゃれあいなのは分かり切っているのですが、シルエットなものですから妄想はどこまでも広がっていきます。それからフランツの決意の固さたるや! あれだけアルベールにメロメロだったフランツですが、まなじりをあげて真実に向おうとします。そこにあるのは、たとえようもなく強い愛ではないですか。アルベールを守りたいという。べたべたする表現よりも、ずっとずっと強い思いがあることがわかるではないですか。そしてちゃーんとアルベールを監視している(前回参照)伯爵。アルベールに魅力的なオトナの救いの手をさしのべます。心が乱れている時の救いの手というのは、それだけでぐらっと揺らいでしまうものですが、それをスマートに、かつ計算高くやってしまう伯爵と来たら。次回は「伯爵とふたり」ですと? 二人っきりで何をするんですか? おおおおお妄想が妄想が!

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アニメージュ2月号

 いつも買う雑誌なのですが、今月はとにかく「巌窟王」のページが目当て。何たってマヒロー×中田×福山(3Pにあらず)の鼎談が載っているのですから。

中田「部下を配して、常にアルベールのことは監視していますので」
中田「男の先輩に対する気持ちの方が、かえってピュアだったような気もします」
中田「二人の絡みは、ある意味”ラブシーン”だと思って演じています」

 お 前 は ど こ の 腐 女 子 で す か と。

 それから、マヒロー監督が「人を好きと思う気持ちはいろいろある」と述べていますが、まさに前回私が書いたことじゃないですか。実は人を「好き」になるという気持ちは、同性にも異性にも向いているのだと思います。同性愛を禁じているのは、ホモソーシャルな社会と、その中に含まれている様々な規制なのでしょう。現在まさにその規制が外れ始めている状態なので、ホモフォビアを訴える人々の声が強くなってきているように思いますが(共和党支持者や2ちゃんの801板を荒らしている人々など)、規制が外れた場合、私たちは私たちが持っている「好き」という気持ちに、より素直になれるのではないでしょうか。

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巌窟王12&13

 いろいろと忙しく、今回は2週分まとめて。

 12話はもっぱらユージェニー萌えでしょうか。そういやこの作品は女性キャラも非常に魅力的で、きらびやかなテクスチャーもあって存分に萌えさせて頂きました。女性に萌えるって…まぁ当たり前なんですが、このブログの趣旨からは少し外れてしまうというのがなんだか面白いところです。それはそれだけこの作品がキャラクターを丁寧に描いているということの証でもあるのですが、もう一方でフランツの切ない思いが重要な役割を果たしていることも示します。それにしても不憫よの、フランツ…。あとは女もじゅうぶんイケることを示しながらも、悔しさのあまり伯爵に泣きついちゃう子爵でしょうか。そう、「好き」という気持ちは実は男性だけに向かったり、女性だけに向かうものではなく、時に応じてふさわしい形で現れるもの。固定化されたものではないのですね。そして肉欲を伴ったものだけではなく、実にフレキシブルであるわけです。この作品のいいところは、そうした愛情のフレキシビリティをきちんと描いているところにあると思います。…まぁ結局どこに一番萌えるかといえば、ホモキター!なところだったりするのですが。そりゃやっぱり禁断の度合いが段違いですから。

 そして13話はきわめて盛りだくさん。ぐいぐいと動きまくるオハナシ、アルベールのために危ない橋を渡るフランツ(その表情のうまさ!)、育ちの悪さを露呈するカヴァルカンディ(関…)、「好きですが」と言ってしまうアルベール、そして幼エデたん。個人的にはベルッツィオばかりが出てきてバティスタンがあまり出てこないのが不満と言えば不満なのですが、多くの要素がいちいち動き出しているために、見ていてくらくらしてきます。もちろん翻弄されて気持ちいいのですが。

 いやぁ、本当に次回が楽しみ。「プラネテス」や「カレイドスター」「コメットさん」はテレビにかじりついて見ていましたが、それを超えるのめり込みようです。日本アニメの強みをつくづく実感しています。

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