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敵が味方になる謎

今日はある研究会の会合でした。私は、いわゆる「おたく」の人たちが感じている生きにくさの歴史的/社会的形成過程を発表しました。恋愛資本主義の確立と、パーソナルコミュニケーションメディアの発達が、おたくの人たちの生きにくさの背景となっているのではないか、という。これはちょっと進捗状況が遅いので、頑張らないと。

 で、参加者のIさんから、非常に興味深い話をうかがったのです。少年格闘漫画で文章を書いていらっしゃるのですが、「最強」と「ルール」のお話になったのですね。「あしたのジョー」で、ホセと戦ったジョーは、ルールならざる「男の拳」でホセに挑みました。しかしホセは、ルールに従ってジョーと戦いました。ジョーは片思いだったわけです。一方カーロスとジョーは、ルールは守りませんが、実に楽しそうに戦います。つまり彼らは「拳で語り合って」いるので、二人の想いは互いに通じ合っていることになります。格闘漫画は拳で想いを交わし合う、ホモセクシュアルな行為だというのです。

 なるほど!そういや「バキ」とか、メチャクチャホモ臭いですしね。それからジャンプ作品では、戦った後の強敵が、次に会うときには味方になっていたりしますが、それは愛を交わしあったからからなんですね。女子の皆さんが格闘漫画にやおいを見いだすのも、当然のことといえるでしょう。

 なんだか勉強になった研究会だったのでした。

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